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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)337号 判決 1999年3月31日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告の発行する日刊紙「埼玉新聞」に掲載された別紙新聞記事(以下「本件記事」という。)によって名誉を毀損され、村八分に遭ったなどと主張して、被告に対し、慰謝料六〇〇万円及びこれに対する当該不法行為の後の日である平成九年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  前提事実(証拠により認定した事実は、その末尾に証拠を挙示する。証拠の挙示がない事実は、当事者間に争いがない。)

1 当事者等

(一) 原告は、妻の甲野花子(以下「花子」という。)との間に三名の子がいる(以上の五名を以下「原告家族」という。)。

(二) 花子は、埼玉県北足立郡《番地略》の土地(以下「本件土地」という。)を所有しているが、その一部は、いわゆる第三セクターとして設立された埼玉新都市交通株式会社(以下「新都市交通」という。)の営業する鉄道「伊奈線ニューシャトル」(以下「ニューシャトル」という。)の高架路線下にある(《証拠略》)。

(三) 被告は、日刊新聞の発行等を目的とする株式会社で、日刊紙「埼玉新聞」を発行している。

2 本件記事の掲載に至る背景事情

(一) 原告家族の埼玉県ほか二名に対する訴訟の提起

原告家族は、昭和五四年、その申請していた住宅の建築確認がおりないため住宅が建てられないでいること、ウズラ養育場の建築確認が遅延したことなどを原因として、埼玉県(以下「県」という。)、伊奈町(以下「町」という。)及び当時の町長であった小林千長(以下「小林」という。)の三名を被告とし、主請求として二〇〇〇万円の損害賠償を求める訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起した(《証拠略》)。

その別件訴訟は、途中から弁護士尾崎重毅が原告家族の訴訟代理人に選任された後、昭和五六年一月には請求が減縮され、原告の県に対する五〇〇万円及び小林に対する三〇〇万円の各請求、原告家族の町に対する一〇〇〇万円の請求に変更され(《証拠略》)、さらに昭和五七年九月、町に対する予備的請求として、原告の五〇〇万円、花子の三〇〇万円、その子二名の各八〇万円及び残り一名の子の四〇万円、以上合計一〇〇〇万円の請求が追加されていた(《証拠略》)。

(二) ニューシャトルの営業開始とその状況

新都市交通は、昭和五五年に県から公表された環境整序計画大綱に基づき、ニューシャトルの営業を目的として、県及び民間の双方の出資により設立され、昭和五八年一二月に営業を開始したが、ニューシャトルの建設用地の一部について本件土地を含む二名の地権者の反対によりその用地を確保できなかったため、その時点では、全線開通に至らず、羽貫駅以北の二箇所で高架路線が途切れたまま、大宮駅と羽貫駅との間で暫定的に営業を開始するにとどまった。

(三) 原告家族と町との間の協定とその帰趨

原告は、原告家族を代表して、昭和五九年一一月六日、町長との間で、(1)町は、別件訴訟の被告三名を代表して、昭和五九年一二月末日までに原告家族に損害賠償金として二〇〇〇万円を支払う、(2)町は、原告家族が今後行う建築確認申請等につき、それが適法である限り速やかに許可が与えられるよう努力する、(3)原告家族は、町の真摯な謝罪を受け、これまでの町らの一切の言動を宥恕し、今後はニューシャトルの問題につき、町及び関係当事者と継続的に話合いを行う、(4)原告家族と町とは、以上について議会の承認を得た場合は、直ちに裁判上の和解を締結するという内容からなる協定書(以下「本件協定書」という。)を取り交わした(《証拠略》)。

そこで、町長は、二〇〇〇万円の支出を含む補正予算案及び別件訴訟の和解に関する議案を議会に提出した。

しかし、前者については可決されたが、後者については否決されたため(《証拠略》)、町長は、本件協定書を廃棄処分にした(《証拠略》)。

(四) 町の原告に対する二〇〇〇万円の支払

町議会は、その後、昭和六二年一二月一〇日になって、一般会計補正予算案を可決したところ、同案には、ニューシャトル全線開通対策費として二〇〇〇万円の支出が計上されていた(《証拠略》)。

そして、町から株式会社埼玉銀行伊奈支店の原告の預金口座(《証拠略》)に二〇〇〇万円が振り込まれたが、その振込に係る口座振替振込通知書には、当該二〇〇〇万円が別件訴訟の和解金である旨の記載があった(《証拠略》)。

また、原告と町との間で領収書が取り交わされたが、当該領収書にも、前記二〇〇〇万円が別件訴訟の和解金である旨の文言が印刷されていたほか、町は返金訴訟を提起しない等の原告からの書込みがされた(《証拠略》)。

(五) 別件訴訟の一部の取下げ

原告家族は、昭和六二年一二月二一日、町に対する別件訴訟を取り下げたが(《証拠略》)、原告の県及び小林に対する別件訴訟の取下げはなく、別件訴訟は、前記二〇〇〇万円の支払後も、原告の県及び小林に対する部分が残っていた。

3 本件記事の掲載及びその構成

被告は、昭和六三年三月一二日付けの埼玉新聞に本件記事を掲載したが、本件記事には、<1>これでは2千万ただ取り、<2>伊奈町のニューシャトル全線開通対策費、<3>町が地権者に違法支出、<4>確認書交わさずに、という見出し(以下「見出し<1>」ないし「見出し<4>」という。)が付されていたほか、リード文中には、次の<A>及び<B>の、本文中には、<C>ないし<F>の各記述(以下「<A>部分」ないし「<F>部分」という。)があった。

<A> ニューシャトルの全線開通対策費二千万円が地権者に違法支出されていた

<B> 公金の取り扱いに当たって確認文書を交わさなかったズサンな支出を地権者につかれたのが原因

<C> 五四年県と町、元町長の三者を相手取って千八百万円の損害賠償請求の訴えを浦和地裁に起こして(いた)

<D> 町は訴訟の取り下げと用地買収交渉再開を条件としたニューシャトル全線開通対策費の二千万円を昨年十二月議会に提案、可決後、同月二十一日、Tさんに支払った

<E> Tさんは町を相手取った訴訟は取り下げたものの、県と元町長相手の訴訟は取り下げず、事態が進展しなかった

<F> 町では、Tさんに内容証明郵便で、用地買収交渉など解決のテーブルにつくよう申し入れている、といっているが、Tさんの出方によっては、公金二千万円を取られたうえに全線開通のメドも立たないという最悪な結果も予想される

4 別件訴訟の残余部分の帰趨

原告の県及び小林に対する別件訴訟については、平成元年二月一七日、原告の請求をいずれも棄却する旨の第一審判決が言い渡され(《証拠略》)、同判決はそのまま確定した。

5 ニューシャトル用地の買収

県の土地収用委員会は、新都市交通の申請を受け、平成元年一二月、本件土地上のニューシャトル開通予定部分につき、約二八八万円の損失補償を条件に、高架路線に必要な土地の永続的空中使用権及び工事期間中に必要な地上使用権を認める旨の裁決を下した。

これに対し、原告ないし花子は、補償金を受け取らず、本件土地上にプレハブの建物を建てるなどして用地買収に抵抗したため、県は、新都市交通の請求を受け、平成二年二月一四日、行政代執行に着手し、同月一七日、当該代執行を終了した。

(《証拠略》)

三  争点

1 本件記事による原告の名誉毀損の有無

(原告の主張)

本件記事中には、原告の氏名の記載はないが、同時に掲載された路線の寸断されたニューシャトルの高架軌道の写真によっても、本件記事の対象者が原告であることは明確であるところ、本件記事、特に見出し<1>における「ただ取り」という記述によって、原告は、その名誉を著しく毀損された。

(被告の主張)

本件記事は、町議会の審議を通じて明らかになった事実及びそれに関する当然の評価を正確に報道したものにすぎず、原告の名誉を毀損するようなものではない。

2 本件記事による名誉毀損の不法行為の成否

(被告の主張)

仮に本件記事が原告の名誉を毀損するものであったとしても、被告は、地方自治体の行政に関する国民の知る権利に応えるという公益目的をもって本件記事を掲載したものであって、本件記事は、前記のとおり、町議会の審議を通じて明らかになった事実及びそれに関する当然の評価を正確に報道したものにすぎないから、違法性が阻却され、被告の原告に対する名誉毀損の不法行為は成立しない。すなわち、

(一) 確認書の有無について

本件記事の見出し<4>及び<B>部分にいう確認(文)書とは、別件訴訟の全部を取り下げる旨を記載した文書をいうのであり、そのような文書が作成されていなかったことは事実である。そもそも町は、別件訴訟の全部を取り下げることを条件に、原告と交渉を行ってきたところ、昭和六二年度において、原告に対して支払う予定の二〇〇〇万円をニューシャトル全線開通対策費として補正予算に計上し、議会の承認議決を得、町は、原告家族に別件訴訟の全部を取り下げて貰い、ニューシャトル全線開通のための話合いのテーブルに着いて貰うために当該金員を支払ったのであって、このことは、二〇〇〇万円という金額が原告家族が別件訴訟で最終的に請求していた一八〇〇万円より高額であることからしても明らかである。

しかし、町当局は、原告にニューシャトルの用地買収交渉のテーブルについて貰うことを焦るあまり、原告に迎合し、口頭による合意のみで別件訴訟を全面的に取り下げる旨の合意文書を作成せず、被告三名に対する訴えの取下書の提出を確認することもせず、原告に二〇〇〇万円を支払ったばかりか、原告に渡した通知書及び領収書中に別件訴訟の和解金である旨を記載したため、町議会において厳しい批判を受けることとなったのである。

原告は、以上のとおり、町当局が口頭の合意だけで二〇〇〇万円を支払ってしまった弱点をつき、別件訴訟のうち県及び小林に対する訴えを取り下げなかったのであって、そのような行為は、重大な背信行為というほかなく、これを「ズサンな支出を地権者につかれた」と記述した本件記事の論評も正当である。

(二) 本件土地の地権者について

原告は、本件土地の所有者は妻の花子であるから、原告を地権者と記載したのは誤りであると主張するが、原告は、終始、妻に代わって本件土地の地権者として行動していたのであるから、右記載が誤りであるとはいえない。

(三) 用地買収の交渉について

原告は、<F>部分についても非難するが、町から原告に二〇〇〇万円が支払われた後、昭和六三年二月三日以降再三に渡り、町当局が原告に対して話合いを申し入れていたにもかかわらず、本件記事の掲載時点において、原告が全くこれに応じようとしなかったことは事実で、原告は、県及び小林に対する別件訴訟を取り下げなかったばかりか、二〇〇〇万円を受領した後三か月近く経過した時点でも用地買収の話合いのテーブルに着こうとしなかったのであるから、そのような原告の信義に反する行動に照らせば、<F>部分の記述も正当なものである。

(四) 「ただ取り」という見出しについて

原告は、見出し<1>の「ただ取り」という記述が虚偽であると主張するが、当時、二〇〇〇万円の支払によっても別件訴訟は全面解決をみず、原告が用地買収交渉のテーブルにも着こうとしていない状況であったことは前記のとおりであるから、見出し<1>も事実に基づく論評である。そして、見出し<1>の末尾には、感嘆符と疑問符を併記し、必ずしも断定的な表現とはなっていないのであるから、本文の重要な点を要約した見出しとして適切なものであった。

(原告の主張)

本件記事は、原告に対して長年にわたり人権侵害を与え続けた中心人物の町議会議員の発言に基づき、原告に対する取材を一切しないまま書かれたものであり、以下のようなねつ造、虚偽、誤報などが含まれた不公平な内容の記事となっているから、本件記事の違法性が阻却されることはない。

(一) 「ただ取り」という見出しについて

原告に対する二〇〇〇万円の支払は、別件訴訟に関する町との間の和解契約に基づいて行われたものであり、また、原告家族は、同契約に基づき誠実に町に対する訴えを取り下げているのであって、見出し<1>の「ただ取り」という記述は、被告が事実をねつ造したものにほかならない。

(二) 二〇〇〇万円の趣旨について

見出し<2>、<A>及び<D>部分では、原告に対する二〇〇〇万円が「ニューシャトル全線開通対策費」から支払われたと記述されているが、原告は、当時、そのような話を町から聞いたことはなかった。当該二〇〇〇万円は、別件訴訟の訴状記載の金額で、別件訴訟に関する前記和解契約に基づく和解金として支払われたものであるから、この点も事実と異なる。

(三) 本件土地の地権者について

見出し<3>、リード文及び本文は、Tが本件土地の地権者であると記述しているが、本件土地の所有者は、原告のTではなく、妻の花子であり、原告が地権者であるという記述は虚偽である。

(四) 確認書の有無について

見出し<4>及び<B>部分は、町が原告から確認書を取らないで二〇〇〇万円を支払ったと記述しているが、原告は、町との間で本件協定書を取り交わしているほか、二〇〇〇万円が別件訴訟の和解金である旨を記載した領収書を町から受け取っているから、その記述も虚偽である。なお、原告は、本件協定書の内容に従って誠実に行動していたのであって、<B>部分の「地権者につかれたのが原因」という記述は、被告の憶測に基づく悪質な記述である。

(五) 別件訴訟の請求額について

<C>部分は、別件訴訟の請求額が一八〇〇万円であったと記述しているが、別件訴訟における原告家族の請求額は、二〇〇〇万円である(小林に対する請求額は、三〇〇万円ではなく、五〇〇万円であって、請求額は合計二〇〇〇万円となるところ、これが一八〇〇万円となったのは、原告家族の前訴訟代理人の錯誤によるもので、原告は、訴訟代理人が交代したときに請求額が二〇〇〇万円である旨を伝え、その訂正を求めていた。)から、これも誤報である。

(六) 別件訴訟の取下げについて

原告家族は、本件協定書に従い、町に対する別件訴訟を取り下げたが、原告は、県及び小林に対する別件訴訟については、訴えの取下げに関する直接の話合いもなかったため、これを取り下げなかったものである。

(七) 用地買収の交渉について

<F>部分には、町が原告に対して内容証明郵便により用地買収の交渉を求めている旨の記述があるが、原告は町からそのような内容証明郵便を受け取っていないし、地権者に対して用地買収の交渉もなかったから、これも誤報である。

3 本件記事に係る損害賠償請求権の消滅時効の成否

(被告の主張)

本件記事が掲載されたのは、昭和六三年三月一二日であるから、本件訴訟が提起された時点では、既に約九年が経過しているところ、原告は、本件記事が掲載された日又はそれに近接した日に既に本件記事を知っていたものである。すなわち、被告の発行する埼玉新聞は、東北・上越新幹線及びニューシャトルの計画が発表されて以来、昭和五五年から本件記事の掲載に至るまで、地元紙としてこの問題を重視し、系統的に報道してきたものであり、この間、被告の記者がしばしば原告に直接取材にも行っているのであって、原告が埼玉新聞の記事に注意を払わなかったはずがない。特に、原告は、本件記事掲載の翌月に予定されていた町長選挙に立候補していたところ、本件記事が掲載された日には、選挙直前の最終町議会における審議状況が報道されていたから、原告が当日の埼玉新聞に目を通していなかったとは考えられない。しかも、昭和六三年三月一四日に開催された町議会においては、山本重幸議員が本件記事を引用した質問を行っているところ、原告夫妻は同議会を傍聴していたか、少なくとも山本議員と意見交換をしていたはずであるから、原告が遅くとも同日までに本件記事を知っていたことは明らかである。

原告は、平成八年五月八日付けの県立図書館に対する資料複写申込書をもって、原告が本件記事を知ったのが同日であることを裏付けようとしているが、これは、単に同日に資料の複写を入手した事実を証明するにすぎず、原告は、県及び小林に対する別件訴訟で消滅時効の完成を理由として請求が棄却されたことから、本件訴訟において、消滅時効の起算日を遅らせる必要があると考え、そのために右複写の申込みを画策したものである。

したがって、原告が本件記事に係る損害賠償請求権を取得したとしても、本訴提起以前に既に消滅時効が完成しているので、被告は、本件訴訟において、その消滅時効を援用する。

(原告の主張)

原告は、埼玉新聞の読者ではなく、新都市交通に対する訴えの提起に必要な調査中の平成八年五月八日に県立図書館で本件記事の複写を入手してその内容を知ったものである。

原告も、花子も、昭和六三年三月一四日の町議会が開催された当時、町にはいなかったから、同会議を傍聴することもなく、その時点で本件記事を知っていたということはない。

原告は、本件記事の内容を知った平成八年五月八日から三年以内に本件訴訟を提起しているので、本件記事に係る損害賠償請求権の消滅時効は完成していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

原告は、本件記事により名誉が毀損されたと主張するが、新聞記事の意味内容がその対象者の社会的評価を低下させるものであるかどうか否かは、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであるから(最高裁昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)、この見地から、まず、本件記事が原告の名誉を毀損するものであったか否かについて検討する。

1 本件記事の対象者

本件記事においては、町から二〇〇〇万円の支払を受けた者について、原告の氏名が明示されているわけではなく、「地権者」あるいは「T」と記載されているにとどまるが、本件記事の内容その他に照らせば、当該「地権者」あるいは「T」が原告を指していることは容易に理解し得るものであって、本件記事の対象者が匿名になっていることによって、原告に対する名誉毀損が成立する余地がないということはできない。なお、本件土地の地権者(所有者)は、前提事実1のとおり、原告ではなく、妻の花子であるところ、そのことによって、本件記事の真実性に問題があるか否かは改めて検討するが、本件記事の対象者が原告であるとの判断を妨げるものではない。

2 本件記事の意味内容

(一) 本件記事の構成は、前提事実3のとおりであるが、「これでは2千万ただ取り」という見出し<1>は、最大活字の見出しとなっていて、「2千万」という金額の表示も大きく、その末尾に感嘆符と疑問符とが付されているとはいえ、一般の読者に対して、原告が何か不正手段を弄して二〇〇〇万円を取得した印象を抱かせるものであることは否めない。

(二) また、リード文についてみても、その全体的な論調は二〇〇〇万円を支払った町に対する非難に向けられているといえるが、例えば、<B>部分の「確認文書を交わさなかったズサンな支出を地権者につかれたのが原因」という記述は、原告において、町が公金支出を「確認文書」を交わさずに行ったという弱みにつけ込んで二〇〇〇万円を取得したのではないかという印象を一般の読者に与えかねない。

(三) さらに、本文についてみても、公金支出に関する町の不手際を非難する論調になっているが、その中では、原告が二〇〇〇万円の支払を受けた際の条件に違反し、別件訴訟を全部は取り下げなかったため、用地買収の話が進展しなかった旨の事実を摘示した上、「Tさんの出方によっては、公金二〇〇〇万円を取られた」ことになるとの記述をしており、本文もやはり、右原告の背信性を非難する論調をも含むものであって、翻って、その背信性ゆえに見出し<1>にいうように原告が二〇〇〇万円をただ取りした人物として記述されているということができる。

(四) 以上によれば、本件記事は、町に対する非難の当否はともかく、少なくとも、原告が条件に違反して別件訴訟を全部は取り下げなかったことにより事態が進展しなかったとの事実を摘示し、当該事実を前提に、原告を非難する趣旨の論評を加えた右説示の限度では、原告の社会的評価を低下させるものであったと認めざるを得ない。

二  争点2について

本件記事は、町の原告に対する二〇〇〇万円の支払をめぐる報道であるが、当該二〇〇〇万円は、それが別件訴訟の和解金として支払われたものであっても、ニューシャトルの全線開通の対策費として支払われたものであっても、その支払の当否は、公共の利害に関する事実であることが明らかであるから、本件記事の目的が専ら公益を図ることにあった場合には、本件記事中、事実を摘示して原告の名誉を毀損したと認められる部分については、その摘示された事実が重要な部分において真実であることの証明があったときには、違法性がなく(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、最高裁昭和五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)、また、被告の意見ないし論評の表明により原告の名誉を毀損したと認められる部分については、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性を欠くものというべきであるから(最高裁昭和六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照、最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁)、この見地から、次に、本件記事による名誉毀損の不法行為の成否について検討する。

1 本件記事の目的

本件記事は、前認定のとおり、町に対する非難のほか、原告に対する非難を基調とするものであって、原告の社会的評価を低下させ得る部分は含まれているが、その目的が専ら公益を図ることにあったことは、本件記事の内容及び証人近田洋一の証言に照らして明らかであって、この認定を妨げる証拠はない。

2 摘示された事実の真実性

(一) 二〇〇〇万円の趣旨について

本件記事は、見出し<2>、<A>及び<B>部分など、町が原告に対して支払った二〇〇〇万円がニューシャトルの全線開通のための対策費であったことを前提とするところ、原告は、その趣旨を争い、当該二〇〇〇万円は原告家族と町との間の別件訴訟に関する和解契約に基づき支払われたものであると主張し、前提事実2(四)のように、その二〇〇〇万円が原告主張の趣旨であったと窺わせる事実もないわけではない。

しかしながら、前記前提事実並びに《証拠略》によれば、(1)ニューシャトルは、本件土地を含む二名の地権者の反対により全線開通に至らなかったところ、新都市交通は、原告家族と県、町及び小林との間で係属していた別件訴訟が本件土地の用地買収交渉の障害となっていると認識していたこと、(2)そこで、新都市交通は、町に別件訴訟の解決を図るよう要請し、町もこれを了承して、町長が原告と本件協定書を取り交わすに至ったが、議会の承認が得られなかったため、本件協定書は廃棄処分にされたこと、(3)しかし、新都市交通は、右(1)の認識の下に、町に対してニューシャトル全線開通対策費として本件協定書で約定された二〇〇〇万円の予算措置を講じ、これを原告に支出するよう強く求め、町もまた、別件訴訟が原告家族と町との間のわだかまりとなっている認識を持っていたため、別件訴訟を全面的に解決して、原告家族とのわだかまりをなくし、本件土地の用地買収交渉を容易に進めようという意向の下に、昭和六二年一二月、一般会計補正予算案を可決し、ニューシャトル全線開通対策費として二〇〇〇万円を支出することになったことが認められ、この認定に反する原告本人の供述は採用し得ず、他にこの認定を妨げる証拠はない。

右事実に、町が原告に対して二〇〇〇万円という別件訴訟の請求額以上の金員を支払ってまで、和解的な解決をして、原告家族に別件訴訟の取下げを求めなければならないような状態にあったとは窺われず、前提事実4のとおり、原告家族が訴えの一部を取り下げた後の原告の県及び小林に対する請求は原告の敗訴判決が確定していることなどを総合すれば、前記二〇〇〇万円は、形式的には、別件訴訟を取り下げるという和解的な解決を契機として支払われているが、ニューシャトルの全線開通を実現するために原告ないし花子との用地買収交渉を進めることを目的として支払われたものであったと認めることができ、二〇〇〇万円の趣旨に関する本件記事は真実であったといわなければならない。

(二) 本件土地の地権者について

本件記事は、前認定のとおり、本件土地の地権者を原告としているが、真実の地権者は、原告ではなく、妻の花子であった。

しかしながら、二〇〇〇万円の趣旨は前認定のとおりであって、弁論の全趣旨によれば、町は、原告家族との間に別件訴訟が係属し、当該訴訟が本件土地の用地買収の障害となっていた上、原告が原告家族の中心的人物で、かつ、花子の夫であることから、その立場を考慮して、ニューシャトル全線開通対策費として二〇〇〇万円を花子を含む原告家族のために原告に支払ったものであると認められ、原告と花子との関係、当該二〇〇〇万円の趣旨ないしその支払に至る経緯に照らせば、原告が本件土地の地権者として二〇〇〇万円の支払を受けた旨の本件記事をもって真実に反するものとまでいうことはできない。

(三) 確認書の有無について

本件記事の見出し<4>及び<B>部分は、町が確認書を取らないで原告に二〇〇〇万円を支払ったことを非難するものであるが、本件記事を一般の読者が普通の注意と読み方とで読めば、同記述にいう確認書とは、別件訴訟の全部取下げを行うことの確認をする旨の書面をいうことが明らかであるところ、そのような趣旨の書面を町が原告から徴求していなかったことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるから、この点においても、本件記事は真実を記述するものである。

(四) 別件訴訟の取下げについて

前記二〇〇〇万円は、前認定のとおり、形式的には別件訴訟を和解的に解決して原告家族がこれを取り下げるために町が支払ったものであり、その支払は、別件訴訟のうち、原告家族の町に対する部分のほか、原告の県及び小林に対する部分も含め、その全部を取り下げることを予定して支払われたものであることが明らかであり、そのことについては、弁論の全趣旨によれば、少なくとも口頭で原告に伝えられていたことが認められるから、別件訴訟の全部が予定に反して取り下げられなかった旨を記述した本件記事も真実といわなければならない。

(五) 用地買収の交渉について

また、前記二〇〇〇万円は、別件訴訟の和解的な解決を契機として、ニューシャトルの全線開通のための交渉を進めるために支払われたものであるから、その支払により、原告家族が別件訴訟を取り下げただけでは足りず、原告ないし花子が本件土地の用地買収に関する話合いの席に着くべきであったといえるところ、《証拠略》によれば、原告は、別件訴訟の一部を取り下げなかっただけでなく、用地買収の話合いにも応じようとしなかったものと認められ、原告と花子との関係などを総合考慮すれば、花子も同様に用地買収の話合いに応じなかったであろうと推測されるから、二〇〇〇万円の支払で予定されていたことに反して本件土地の用地買収の話合いが進められずにいる旨の本件記事も真実といわなければならない。

(六) 別件訴訟の請求額について

別件訴訟の請求額は、前提事実2(一)のとおり、合計二〇〇〇万円から合計一八〇〇万円に減縮されていたから、本件記事の<C>部分も真実であって、原告主張のような事情によっては、その真実性は否定されないばかりか、前記二〇〇〇万円は、別件訴訟の和解金そのものではなく、その和解的な解決を図り、ニューシャトルの全線開通のための対策費として支払われているものであるから、この点の記述のいかんは、本件記事による名誉毀損の不法行為の成否を左右する問題ではない。

3 意見ないし論評の相当性

(一) 「ただ取り」等の記述について

本件記事は、見出し<1>で「2千万ただ取り」という記述をしているほか、<F>部分で「公金二千万円を取られたうえ」との記述をしているところ、当該各記述は、事実を摘示するというよりは、被告の意見ないし論評を表明したものということができるが、その「2千万ただ取り」ないし「公金二千万円を取られたうえ」という表現は、一般的には、当該二〇〇〇万円の対価として予定されている出捐などが行われていないため、その支払が無駄に終わったということを意味するものであると解される。

そこで、右各記述の前提事実についてみると、前説示のとおり、前記二〇〇〇万円は、別件訴訟の解決を契機として、ニューシャトルの全線開通のための交渉を進めるために支払われたものであるのに、原告は、別件訴訟の全部を取り下げず、本件土地の用地買収のための話合いも進展しなかったのであるから、当該二〇〇〇万円の対価として予定されていたことが実質的には行われていないのであって、その支払が無駄に終わってしまったことは明らかである。

本件記事の見出し<1>は、原告が二〇〇〇万円をただ取りしたと記述し、<F>部分は、原告に二〇〇〇万円を取られたことになる可能性もある旨の記述をしているが、右説示のとおり、当該二〇〇〇万円の支払が無駄に終わっていることは真実であって、その二〇〇〇万円の趣旨ないしその支払に至る経緯及びその支払後の原告の対応をみると、見出し<1>ないし<F>部分の各表現は、原告が二〇〇〇万円の支払を受けたにもかかわらず、その対価として予定されたことを行っていないことに対する意見ないし論評として、ごく常識的、合理的な範囲の評価であって、その域を逸脱するものではないというべきである。

(二) 「つかれた」との記述について

本件記事中には、「地権者につかれた」という記述もあるが、その「つかれた」という表現は、本件記事に照らせば、原告の狡猾さを取り上げ、これを非難する意見ないし論評といえなくもないが、前説示のとおり、原告が二〇〇〇万円の支払を受けながら、その対価として予定されていた別件訴訟の全部を取り下げていないばかりか、用地買収の話合いにも応じていなかったことは事実であるところ、町が確認書を原告から取っていれば、そのような事態には至らなかったはずで、原告の対応は、そのような町の落度に乗じたものということができるから、「つかれた」という記述も、事実を前提にした意見ないし論評の域を逸脱するものではないというべきである。

4 以上検討したところによれば、本件記事において、ニューシャトル全線開通対策費として二〇〇〇万円が原告に支払われたにもかかわらず、原告が条件に反して別件訴訟のうち県及び小林に対する訴えを取り下げず、用地買収の交渉が進展しなかったとの摘示事実は真実で、また、意見ないし論評というべき部分も、右のとおりその前提となっている事実が真実であって、かつ、その記述が意見ないし論評としての域を逸脱するものではないから、被告の本件記事による原告に対する名誉毀損の不法行為は成立しないといわなければならない。

三  よって、原告の本訴請求は、その余の争点、特に消滅時効の成否について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし(なお、原告は、「原告が訴訟代理人を依頼したときは、弁護士費用については被告の負担とする。」とし、訴訟代理人として弁護士を選任することを条件とする弁護士費用に相当する損害賠償も求めているが、原告が訴訟代理人を選任した事実はないから、そのような条件付き請求の適否について判断するまでもなく、当該請求について判断する必要はない。)、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝沢孝臣 裁判官 齋藤大巳 裁判官 西森英司)

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